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なぜ婚活パーティーに行くと孤独になるのか

婚活パーティーほど効率的に出会いを設計した場はない。数十人の男女が一堂に会し、限られた時間で自己紹介を繰り返し、番号を書いて希望を提出する。システムとしては極めて合理的だ。無駄がなく、短時間で多くの異性と接触できる。出会いの市場をここまで「工業製品」のようにパッケージした仕組みは、人類史的に見ても驚くべき発明だろう。だが皮肉なことに、婚活パーティーに行けば行くほど、人は孤独になる。大勢の中にいても、むしろ群衆の中で孤独が際立つ。なぜか。制度が人を効率化した瞬間、出会いは希薄化し、関係は霧散するからだ。

まず考えてみたいのは、婚活パーティーの時間配分だ。ひとりにつき数分。プロフィールカードを交換し、趣味や仕事を聞き合い、笑顔で「よろしくお願いします」と言う。だがその瞬間から、次の相手が待っている。会話は常に「打ち切られる」前提で進む。切られると分かっている会話に深まりはない。人間関係に必要なのは冗長性、つまり無駄な時間だ。だが制度はその無駄を排除する。短時間で効率的に交流する仕組みが、人間関係の根を断ち切る。結果、数十人と話したはずなのに、帰宅時には「誰とも話していない」という虚無感だけが残る。

この虚無感が孤独を生む。孤独とは、人がいないことではない。人が大勢いるのに、自分が誰ともつながっていないと感じることだ。婚活パーティーは人間を「プロフィール」と「番号」に還元する。条件と条件の照合に過ぎない場では、つながりの実感が得られない。会話をしたはずなのに、相手の顔も名前も記憶に残らない。人間が「人間」としてではなく「データ」として扱われるとき、人はもっとも深い孤独を味わう。

タレブ的に言えば、これは「偶然性の排除」がもたらす脆弱性だ。出会いとは本来、誤配から生まれる。たまたま同じ本を手に取った、隣の席に座った、道に迷って声をかけた──そうした不確実で無駄な偶然が、人と人を結びつける。だが婚活パーティーはその偶然を排除する。条件と条件をマッチングさせ、効率的に「最適解」を導こうとする。その結果、人は「誤配」を経験できず、出会いを失う。誤配がなければ関係は生まれない。効率化された出会いの場が、非効率な孤独を増幅させるのである。

ここでブラックユーモアをひとつ。婚活パーティーに参加した人々は、終了後に必ずと言っていいほど「今日は収穫がなかった」とつぶやく。収穫とは何か。まるで農業のように「成果物」が期待されているのだ。だが人間関係は農作物ではない。条件を整え、種を蒔き、時間をかけて育てる必要がある。婚活パーティーの数時間で「収穫」を求めるのは、制度の過剰な合理化の結果である。そして「収穫がなかった」という言葉は、その合理化の失敗を証明している。

もうひとつの笑劇は、「自分の市場価値」が数値化される瞬間だ。カップリングシートに希望を書き、結果が発表される。誰かから選ばれれば「成功」、誰からも選ばれなければ「失敗」。その場で人間関係が点数化され、合否判定が下される。だがこの数値化は、同時に孤独を深める。人は「失敗」とされた瞬間、群衆の中で自分だけが孤立していると感じる。制度は透明性を高めるほど、敗者を孤独に追い込む。これもまた、効率化がもたらす暴力だ。

婚活パーティーの残酷さは、そこに集まる人々の「必死さ」が透けて見えることにもある。皆、結婚を望み、孤独を恐れ、未来を買おうとして集まっている。だが必死さは互いに伝わり合い、逆に冷めた空気をつくる。市場原理が「需要と供給」を調整するように、婚活パーティーは「孤独と孤独」をぶつけ合わせる。孤独同士が出会っても、孤独は倍増するだけだ。結果、集団の中にいるのに「私は独りだ」と痛感する。

ここで思い出すべきは、日常に潜む「非効率な出会い」だ。友人の紹介、偶然の飲み会、職場の雑談。そうした無駄で雑多な出会いが、人間関係を育てる。だが婚活パーティーに通い続ける人々は、日常の出会いを軽視するようになる。「本気の出会いはパーティーにある」と思い込むことで、むしろ日常から偶然を奪う。制度に依存するほど、自然な出会いは遠ざかる。これもまた逆説である。

ではどうすればいいのか。答えは簡単だ。婚活パーティーを茶化すことだ。効率化された場に身を置きながら、その不条理を笑い飛ばすことだ。カップリングに失敗しても「やっぱり制度は誤配を嫌うんだな」と呟く。プロフィールを読んでも記憶に残らないとき、「やはり人間は条件ではなく誤配で覚える」と考える。そうやって制度を笑い飛ばすことでしか、人は孤独に耐えられない。笑いがなければ孤独に殺される。

なぜ婚活パーティーに行くと孤独になるのか。それは、人間を効率化しすぎたからだ。効率化は誤配を奪い、誤配を奪われた人間は孤独になる。だが孤独を笑うことができる人間だけが、制度の外側に抜け出せる。婚活パーティーの最大の収穫は、結婚相手ではなく、この矛盾を笑い飛ばす力なのかもしれない。

そして最後にもうひとつのブラックジョークを添えておこう。婚活パーティーを主催する企業は、「あなたの孤独を解消します」と宣伝する。だが実際には、孤独こそが彼らのビジネスモデルだ。孤独が解消されてしまえば、婚活産業は終わる。だから制度は、人々の孤独を完全には癒さない。むしろ孤独を温存し、再生産する。婚活パーティーに行けば行くほど孤独になるのは、制度の本質がそこにあるからだ。

孤独は商品である。制度はその商品を売り続ける。だが笑える人間だけが、商品としての孤独を拒否できる。笑いの中で孤独を引き受けること。これこそが制度を超えて出会う唯一の方法である。