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なぜマッチングアプリで出会うと出会えなくなるのか

マッチングアプリは出会いを効率化するために生まれた。スマホを開き、指先をスワイプするだけで、膨大な数の異性にアクセスできる。プロフィールには学歴や年収、趣味や価値観が並び、AIは「相性」を数値化する。これ以上ないほど合理的な出会いの仕組みだ。だが皮肉なことに、アプリを使えば使うほど、人は出会えなくなる。数百人とマッチしても、実際に会うのは数人、関係が続くのはゼロ。出会いを増やすための制度が、出会いを消していく。これが現代の最も笑えないブラックジョークだ。

なぜそんな逆説が起きるのか。理由は単純だ。選択肢が増えすぎるからである。人間の脳は、無限の可能性を処理するようにできていない。マッチングアプリは「もっと良い相手がいるかもしれない」という幻想を際限なく供給する。スワイプすれば次の顔が出てくる。昨日マッチした人より、今日マッチした人の方が条件が良さそうに見える。比較が止まらず、選択は先送りされ、誰かに決めることができなくなる。結果、誰とも出会わない。数が増えるほどゼロに収束する。これこそ効率化の盲点だ。

タレブならこう言うだろう。「出会いは本来、誤配から生まれる」と。駅で傘を貸してくれた人、偶然隣に座った人、間違い電話をかけてきた人──そうした不合理で偶然なズレが、人間関係を生む。だがマッチングアプリは誤配を徹底的に排除する。条件を設定し、アルゴリズムで最適化し、「無駄」を切り捨てる。その結果、誤配という出会いの源泉が枯渇する。合理化が出会いを殺すのである。

笑えるのは、アプリが「あなたにぴったりの相手」を毎日のように通知してくることだ。「おすすめの人がいます」と言われてプロフィールを開くと、条件は確かに整っている。趣味も一致し、居住地も近い。だがその「整いすぎ」が、逆に違和感を生む。人は完璧な条件に出会ったとき、「こんなに整っているのは不自然だ」と直感する。つまり、アプリが最適化するほど、信じられなくなる。条件が揃うほど、感情は冷める。合理化が非合理を駆逐し、出会いは砂の城のように崩れる。

もうひとつの逆説は「コミュニケーションのインフレ」である。アプリを開けば、同時に何十人もの相手とやりとりができる。だが人間の時間と感情は有限だ。LINEの通知が鳴り続け、既読スルーが増え、返事は定型文になり、会話は劣化していく。多くの相手とつながったはずなのに、実際には誰ともつながっていない。拡散すればするほど希薄になる。これは経済学のインフレと同じで、数が増えることで価値が消えていく。愛もまた通貨なのだ。

さらに皮肉なのは、マッチングアプリが「効率化の制度」であるがゆえに、使えば使うほど「非効率な恋愛」ができなくなることだ。例えば友人の紹介や職場の縁のように、面倒で曖昧で、不確実性の高い出会いが消えていく。人間関係を「アプリで探せる」と思った瞬間、現実の出会いは軽視される。偶然を軽視した人間は、偶然を失う。出会いを効率化しようとするほど、現実は貧しくなる。

ここでブラックユーモアをひとつ。婚活アプリに疲れた人々が「やっぱり自然な出会いが一番」と言い出す。だが自然な出会いとは何か。彼らにとっては、もはやマッチングアプリを経由しない出会いのすべてが「自然」に見える。皮肉なことに、制度が自然を奪ったことで、自然は制度の外側にしか存在しなくなる。だが制度の外に出られない人は、永遠に「自然」を体験できない。自然は幻想となり、追い求めるほど遠ざかる。

なぜマッチングアプリで出会うと出会えなくなるのか。それは、出会いを制度化したからだ。制度は誤配を嫌う。だが誤配を排除した制度は、必ず人間を脆弱にする。恋愛において脆弱とは、出会えないということだ。条件を整え、効率化し、最適化すればするほど、誰とも出会えない。この逆説は、恋愛市場に限らず、現代社会のあらゆる場面で繰り返されている。教育、労働、貯金──制度が人を救うとき、同時に人を殺している。

だが人間は、そんな逆説を笑うことができる。笑うことでしか耐えられないからだ。マッチングアプリに疲れ果て、「もうスワイプする指がつらい」と言いながら、また次の日にアプリを開く。その滑稽さを自覚した瞬間、制度の亀裂から誤配が忍び込む。偶然にメッセージを送り間違えた相手と、なぜか会うことになる。予定が合わずに放置した相手と、ふと再会する。つまり、出会いとは誤配に支えられている。

結局、マッチングアプリが証明したのは、人間は制度からは出会えないということだ。制度が用意するのは条件であって、関係ではない。関係は誤配からしか生まれない。誤配がなければ、恋愛は死ぬ。誤配を奪ったマッチングアプリは、恋愛をシステムに殺させたのだ。

なぜマッチングアプリで出会うと出会えなくなるのか。答えは簡単だ。誤配がないからだ。そして、誤配がない制度は必ず脆くなる。だがその脆さを笑える人間だけが、制度を乗り越える。だからこそ私はこう言いたい。スワイプの指を止めよ。偶然の誤配を待て。制度を笑え。その笑いの中でしか、人は本当に出会えないのだから。