はてなブログ大学文学部

読書日記と哲学がメインです (不定期更新)

読書日記2158

つづきを展開

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

日記

私はメルカリで売れた本をすぐ発送できるように、コンビニの隣に住み始めた。生活導線としては完璧である。売れた本を梱包し、そのまま数十秒で発送できる。読書生活と物流が、ほとんど直結する。これは一種の合理化であり、生活の最適化である。

しかし私は、その合理化の副作用を甘く見ていた。

コンビニの隣に住むということは、コンビニの便利さを享受するだけではない。コンビニの光に寄ってくるものまで、生活圏に引き受けるということだった。

夜中に馬鹿みたいな音を立てるバイク。駐車場にたむろする声。公共空間を自分の部屋の延長のように扱う態度。私はそういうものが、これほどまでに日常へ侵入してくるとは思っていなかった。

便利さとは、静けさを犠牲にして手に入れるものなのかもしれない。

だが、より正確にいえば、便利さは静けさだけでなく、人間への信頼まで少しずつ削っていく。コンビニの光は生活を支える。けれどその光は、生活の粗暴さも照らし出す。

私は『コンビニ人間』という言葉を思い出す。だが、いま私の頭に浮かぶのは、もっと即物的で、もっと救いのない言葉である。

コンビニごみ人間。

それは人間そのものへの罵倒というより、便利さだけを利用し、公共性を返さず、静けさを踏みにじって去っていく態度の名前である。便利な場所には、人が集まる。人が集まれば、生活が生まれる。だが生活が生まれるところには、生活のごみもまた生まれる。

私はコンビニの隣に住み始めたのではない。
もしかすると、現代生活の排水口のそばに住み始めてしまったのかもしれない。