はてなブログ大学文学部

読書日記と哲学がメインです(毎日更新)

メンカリ 不要な男の出品所

つづきを展開

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

 

 

「ピコン♪ 新着メンズが出品されました」
スマホの通知は軽やかだった。ゲームのアイテムが更新されたかのように。だが画面に表示されたのは人間だ。年収、清潔感、誠実度。数値とタグが並び、笑顔の写真が添えられている。アプリの名前は「メンカリ」。キャッチコピーは明快だった――〈不要な男も、誰かの必要品へ〉。
メンカリが誕生したのは、婚活市場の停滞が「国難」として取り沙汰されてからだ。政府は表向き「出会い支援」と銘打ったが、実態は淘汰装置だった。結婚適齢期の女性たちに「不要」と判断された男は、アプリ上に「出品」される。出品プロセスは簡単で、別れ話の代わりにアプリを立ち上げ、指でスワイプするだけ。すると男のプロフィールが自動的に商品化される。状態欄には「清潔感5.5/年収480万/誠実度やや低め」。写真は勝手にSNSから引っ張られ、レビュー欄には元恋人のコメントが並ぶ。〈優しいけど地味。愛想がない。発送(デート)の準備に時間がかかる〉〈掃除はしてくれる。けど稼ぎが少ない。リピなし〉。男は笑うしかなかった。自分が「商品レビュー」されるなど、かつて誰が想像しただろう。
僕の名前は佐伯、三十二歳。中堅企業の営業。年収は五百万に届かない。清潔感スコアは5.5。シャツは清潔にしているつもりだが、襟の黄ばみまでセンサーは逃さない。ある夜、恋人に呼び出された。カフェのテーブル越しに彼女はスマホを見せ、「ごめんね。次の彼が見つかったから」と告げた。画面には僕のプロフィールが並び、〈状態:可もなく不可もなし〉〈価格:2,980円(送料込み)〉とあった。コーヒーの香りに混じって、僕の存在が値札に変わる音がした。
メンカリのトップページには「おすすめ商品」として男たちが並んでいる。年収700万以上、清潔感スコア9.0以上の男は「プレミアム商品」として高値で取引され、落札価格は数百万円。まるで高級腕時計だ。一方、年収300万以下やスコア5以下の男は「訳ありコーナー」に投げ込まれ、値段は数百円から。中古の炊飯器より安い。「動作不良あり」「返品不可」「付属品なし」――出品説明欄は、もはや恋愛市場ではなくリサイクルショップの書き方だった。女性たちは買い物かごをタップするように男を選び、不要になれば再出品。取引が成立しないまま時間が経てば「廃棄処分」となり、関連アプリ「PoyPoy」と連携して社会的に抹消される仕組みだ。
週末、僕は自分の出品ページを眺めていた。〈佐伯/32歳/営業職/年収480万/清潔感5.5〉〈即決価格:1,500円〉。同時にオークション欄では、同僚の森川が「誠実度高め・年収750万」として出品され、値段は30万円まで跳ね上がっていた。「付属:マイホーム購入予定」という一文が高騰の理由らしい。比較すればするほど、自分が「不良在庫」にしか見えなくなる。レビュー欄には知らぬ間にこんな文も追加されていた。〈会話が哲学っぽくて面倒〉〈ギャグが寒い。誰得?〉。まるで欠陥商品のラベルだった。
メンカリは単なる恋愛アプリに留まらなかった。やがて雇用対策や社会保障に組み込まれた。失業者は自動的に「出品待ち」に分類され、買い手がつかなければ補助金が打ち切られる。生活保護の代わりに「落札」を待つのだ。テレビのニュースキャスターは淡々と伝える。〈本日も全国で1,200人の男性が廃棄処分となりました〉。視聴者は驚かない。値下げセールの告知と同じトーンで受け止める。街角には「不要な男を出品しよう!」と書かれた広告が貼られ、子どもたちは遊びで「ぽいぽ〜い」と言い合っていた。
僕のページには「売れ残り警告」が表示された。〈在庫一掃セールの対象となります〉。値段は500円に下げられた。中古のTシャツ以下だ。やがて落札希望者が現れた。ユーザー名「シングルマザー・由美」。〈家事手伝い用に購入希望。返品不可でお願いします〉。僕は震えた。人間としてではなく「用途」として取引される。だが、廃棄よりはマシだ。少なくとも存在は続く。
引き渡しの日、僕は由美のアパートに送られた。玄関でQRコードを読み込まれると、「商品受け取り完了」の表示が出た。「助かるわ。掃除と買い物、よろしくね。あ、夜は子守りも」彼女は事務的に言った。僕は返事をするしかなかった。契約書には「返品不可」と記されている。夜、子どもが眠ったあと、由美はスマホを操作しながら呟いた。「ほんとは恋人が欲しかったけど、高すぎて買えないのよ。だからあなたで我慢する」。我慢。僕は笑った。モノとしての自分が「代用品」になる。
日々は淡々と過ぎた。掃除、洗濯、買い物。僕は「商品」として役立ち、文句を言わなければ廃棄されることもない。人間であるより、商品であるほうが安全なのかもしれないとすら思えた。だが夜、天井を見上げるたび、考える。婚活市場から弾かれる弱者男性。数値とタグで値踏みされる存在。「恋愛」「結婚」という言葉の裏に潜む残酷な選別。メンカリはパロディだ。だが現実は、もう十分に似ているのではないか。
アプリはアップデートを繰り返し、今や「使用済み保証」や「消耗度センサー」まで導入されている。男はますます「商品」として規格化され、不要になれば処分される。僕はスマホを見つめる。自分のページには、新しいレビューが追加されていた。〈掃除は丁寧。まあまあ役に立つ。値段相応〉。値段相応。それが僕の存在証明だった。問いが胸に残る。――婚活市場も、メンカリも、違いはあるのだろうか?

 

関連記事

 

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

nainaiteiyan.hatenablog.com

nainaiteiyan.hatenablog.com

nainaiteiyan.hatenablog.com