つづきを展開
「本日、国会において『男性商品化基本法』が可決されました」――アナウンサーの無表情な声が、社会の転換を告げた。その瞬間から日本のすべての男性は「メンカリ」に自動登録され、18歳で初出品、以降は30歳、40歳ごとに再査定を受けることになった。国の理由は少子化対策と家庭内労働力の確保だったが、誰の目にも明らかだった。これは、男を消耗品として管理し直す政策だった。
制度が始まってすぐに、男性は三つの階層に分類された。勝ち組はプラチナメンズ。年収一千万以上、身長と学歴は一定以上、清潔感スコア9.0。結婚用の高級ブランドとして落札される。SNSには「#落札しました♡ #プラチナメンズ」という報告が溢れ、結婚式は中継され、国からは購入補助金が支給された。所有そのものがステータスであり、夫のランクが女同士の格付けに直結した。
その下が訳ありメンズだ。彼らは年収も容姿も平均以下だが、従順さと最低限の体力さえあれば家庭内労働力として買われた。掃除、洗濯、ゴミ出し、買い物、義父母の介護。朝四時から働き、夜は物置部屋に押し込まれる。僕もそのひとりとして、とある家庭に配送された。奥さんは笑顔で言った。「あなたは掃除と洗濯担当ね。うちの夫はプラチナだから、存在は秘密よ」。僕は子どもに「新しいロボットのおじさん」と紹介され、従順に雑巾を握った。誇りは剥がれ落ちたが、在庫として生き延びるためには沈黙するしかなかった。
最下層はジャンク品メンズ。年収ゼロ、借金、清潔感スコア3.0以下。結婚も家庭内労働も期待されず、イベント用や娯楽用に回された。大学の文化祭では罰ゲームの景品としてダンボールごと開封され、YouTuberは「ジャンクメンズ買ってみた!」と題して再生回数を稼いだ。泣き顔のサムネイルは格好のネタになり、コメント欄には「返品しろw」「臭そう」と並んだ。国家はこれを「エンタメによる経済波及効果」と呼んだ。
女性が男を買う理由は明確だった。買うだけで税控除が受けられ、家庭内労働力が確保でき、SNSでの所有報告は社会的評価を高める。プラチナを持てば勝ち組マウンティング、訳ありがいれば慈善活動ポイント、ジャンクでも話題づくりに役立つ。どのランクであっても購入に意味があった。僕が仕えた奥さんも、ママ友にこう語っていた。「うちはプラチナ夫に加えて訳あり君もいるの。家事がすごく楽になったわ」。羨望の拍手が返ってきた。
僕は物置の布団に横たわりながら、自分がただの在庫だと自覚した。人間としての尊厳はなく、存在理由は「役立つこと」だけ。だが、廃棄されずに済んだ分、まだましなのかもしれない。全国の男は三つに分かれた。プラチナとして誇示される者。訳ありとして雑用を担う者。ジャンクとして娯楽に消費される者。そして、そのどこにも入らなかった者はPoyPoyシステムに吸い込まれ、静かに削除されていった。
制度は完全に根づいた。テレビCMは「メンカリで家庭をもっと楽に!」と流れ、学校では女子生徒に「将来のために男を上手に選びましょう」という授業が行われた。抵抗は無意味だった。アプリから削除されれば、存在そのものが消滅する。選ばれなければ、死ぬしかない。
僕は今日も洗濯機を回しながら思う。プラチナなら栄光を浴びられる。訳ありなら労働力としてまだ役立てる。ジャンクなら笑いに消費される。だが、僕は誰にとって何なのか。人間らしさはどこにあるのか。考えても答えは出ない。ここでは価値のない問いだからだ。
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