つづきを展開
「ようこそ、メンカリクリニックへ」
看板は白く輝いていた。医療施設を思わせるが、ここに病気を治す医師はいない。ここで扱われるのは“不要とされた男”の再生だった。出品され、値崩れし、売れ残った男たちが最後に送り込まれる場所――それがメンカリクリニックだった。
僕はその一人だ。名前はもう佐伯ではない。世間から削除され、アプリ上で割り当てられたID、「メンカリ君」。商品番号で呼ばれることに慣れた頃、この施設に収容された。
ロビーには男たちが並んでいた。スーツのボタンが弾けそうな肥満体、スコア3.0の「清潔感難民」、年収200万以下で「在庫過多」の若者。誰もがうつむき、番号札を握りしめていた。受付嬢は笑顔で告げる。
「本日から皆さん、再起プログラムに参加していただきます。清潔感向上、美容整形、収入改善、誠実性トレーニング――総合的にリハビリして、新しい出品価値を獲得しましょう」
拍手が流れた。だが、それは録音だった。
プログラムの第一は「清潔感の補填」。白衣を着たスタッフが僕らをシャワー室に並ばせ、強制的に全身を磨き上げた。角質は削られ、鼻毛は機械で焼き切られ、歯は漂白された。仕上げに「清潔感スプレー」を全身に吹きかけられる。甘い人工的な匂いが体を覆った。
「はい、スコア7.0に改善です」
端末に表示された数字を見て、周囲の男たちは歓声を上げた。数値が全てだった。
次は「年収シミュレーション」。モニターの前に座らされ、無限に営業トークを練習させられる。AIが顧客役となり、契約を取れれば「年収スコア」が加算される仕組みだ。失敗すればマイナス。僕は必死に売り込んだ。「私は誠実です! 努力します!」。だがAIは冷酷に答えた。「熱意は認めますが、見返りが薄いですね」。画面には〈シミュレーション年収:520万〉と出た。拍手が鳴る。だが隣の男は800万を叩き出していた。
さらに「誠実性トレーニング」。これは滑稽だった。スタッフが用意した「嘘発見器椅子」に座らされ、「好きな人を一途に想えますか?」「他の女に目移りしませんか?」と質問される。僕が「はい」と答えると、電流が走った。スタッフが冷たく言う。「心拍数と脳波が不一致。誠実性スコア4.5」。僕は叫んだ。「そもそも誠実って何だ! 数字で測れるのか!」。だが抗議はログに記録され、スコアはさらに下がった。
施設の奥には「整形フロア」もあった。目を二重に、顎をシャープに、髪を増毛する。男たちは順番にベルトコンベアで流され、規格化された顔を与えられていく。出てきた友人は誰だか分からなかった。「これで清潔感スコア8.8、恋愛市場でプレミアム入り確実です」とスタッフは胸を張る。
僕は恐怖を覚えた。人間を再生するのではない。商品を再パッケージしているだけなのだ。
夜、宿舎の二段ベッドで隣の男が囁いた。「ここで出荷されても、また返品されるだけだ」。彼は三度目の再生らしい。プロフィール欄には「使用済み・返品歴あり」と記載され、誰にも買われなかった。クリニックは再生を繰り返させるが、それは永遠の「改良」サイクル。出口は廃棄しかない。
ある日、僕は「模範受講者」として選ばれた。舞台に上げられ、所長が笑顔で紹介する。「こちらは再起成功例、メンカリ君です! 清潔感7.0、年収シミュレーション520万、誠実性4.5!」。拍手が起きた。僕はロボットのように笑顔を作った。
だが内心では空っぽだった。商品としての僕が“成功”とされる世界。再起とは何だろう? 僕は本当に蘇ったのか? それともただ「値段相応」に仕立て直されたのか。
翌日、出荷通知が来た。新しい購入者が見つかったらしい。値段は9,800円。洗濯機より安い。僕は段ボールに詰められ、配送員に引き渡された。
走るトラックの中で、僕は考え続けた。メンカリクリニックは再起の場ではない。不要とされた男を「再商品化」し、再び市場に流すだけの工場だった。誠実さも努力も笑顔も、全てパッケージの一部。僕は人間として再び愛されることはないだろう。
ただ、値札とタグに守られた「商品」として存在するだけだ。
――それでも、生き延びたいと思うのはなぜだろう?
問いだけが胸に残った。