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読書と哲学がメインです。(毎日更新中)

トートロジー的記述。横断的記述。

非認知能力 (grid、好奇心等) というものが近年話題になっている。

端的に言えば、IQと言われるもの以外の能力である。

 

参考文献:小塩真司『非認知能力』北大路書房2021年

 

 

例えば、自己制御力が年収や健康に影響を与えると本書には書かれている。

端的に言えば、目の前のマシュマロを長く我慢できた子供は、将来年収が高くなる傾向がある、といった話である。

 

 

本書でも、単純には言えないとは書かれている。

そもそも、「我慢できる」という本質的な定義が難しいからだと思われる。

例えば被実験者は、

「ルールは守らなければ罰を受ける」という信念を持っているかもしれない。

「我慢することは美徳だ」と思っているからかもしれない。

「マシュマロは不味い」と経験でわかっているかもしれない。

「お腹がすいていない」からかもしれない。

 

 

「空腹は最高のスパイス」という言葉をたまに目にする。

これは経済学用語、「限界効用逓減の法則」に則した表現だ。

 

 

我慢が上手にできる人は健康になりやすい、というのは安易な見方である。

そうなると、今度は健康に関する定義付けも必要となるし、何をもって健康と見なすのかは、型にはめられた「バイタルサイン」のような基準に照らし合わせるにとどまってくる。

 

 

このように秩序付けられた一連の操作を僕は、「トートロジー的記述」だと考える。

逆に、

横断的基準とは、「多角的な視点」に基づいた結論付けである。

勿論、科学者もそのことは承知しているに決まっているだろうけれども、僕はまだまだ軽視されていると考える。

 

 

というのも、ミクロレベルの話をすれば、意味は文脈から形作られる。

シニフィアンシニフィエは仮説に過ぎないが、考え方の鋳型としては効力をもつだろうし、現代の言語学をたどってみると、それはそれは恐ろしいほどに奥が深いことがわかる。

参考文献:畠山雄二『最新 理論言語学用語事典』朝倉書店2017年

 

 

 

僕はだいぶ前から横断性の重要さを書いてきたが今でも変わらない。

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

 


 

数学の理論は数学の言葉で発展し続けるだろうが、実生活に生かすには、物理学のように必ず他の領域とくっつけなければならない。

 

 

そのような仕方で、心理学も究極的には文学にも、歴史にも、政治にも、栄養学にも、応用はできると考える。

つづく