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読書日記204

ラトン『国家 (下) 』岩波文庫を320ページまで読み進める。

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

 

 

独裁制は国民を支配する。

かいつまむと、ソクラテスによれば民主制から独裁制へと移行する際に、「自由」を最善とする民主制において、そこには必要以上に自由を求める人間が現れるリスクがあるとする。ソクラテスはそれが独裁制へと移行する準備となるのだ、と述べた。

 

 

独裁制が国民を支配するように、個人も「自由への渇望」に支配される。

独裁制と同じように、個人も自身の欲望に支配され、そのような人物は消費、浪費を経て財産を貪り尽くした挙げ句、しまいには窃盗、強盗に走るとされる。

あくまでもこの話は国家の統治体制が5つあることと個人の性格もそれに対応する形で5つ存在するという、「全体=部分」を基点として始めた議論の推論によるものである。

 

 

かくしてソクラテスたちは5つの性質を調べあげ、いよいよ本題の「最も不正な人間は幸せになれるか」を調べる。

 

 

ソクラテスは物事を判定するのは「経験」「思慮」「言論」の3つであるとした。

最も経験について真理を知りつくしているのは誰か。

思慮の真理を知りつくしているのは誰か。言論は。

 

 

調べあげ、それは哲学者であると示された。

次に快楽の性質を調べあげていく。

病気が治った時に、人は今までどれだけ幸せだったのかを知る。

これを突き詰めていく。

 

 

苦痛⇒平常

快楽⇒平常

人は「対比」で物事を考えがちで、病気の例では治った時、快楽に「見える」だけであると述べた。

 

このようにして幸福と快楽、真理について議論が白熱する。

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ここまで読み、僕は本書の整理をしなければならないと感じている。

読むだけでは咀嚼しきれない。

できれば図なり紙に書くなりしてもう少し論点や疑問点を明確にしていきたいと感じた。

なにせ、ボリュームがものすごい本である。

 

 

 

つづく