僕はそう考える。
このトピックは恐ろしく広い範囲を扱うものであるので、ざっくりとまとめたい。
端的に言えば、真理が存在し、その全容が明らかになった場合、議論をする必要性がなくなるのである。
要するに、マニュアルとしての真理になってしまう。
もう少し説明をしていく。
真理とは、確かな根拠をもって、広く人々に認められた事柄を指す。
これはつまり、もう否定しようもない、決定的なものである。
となるとすると、否定できないのだから、必然的に反論の余地はなく、議論の対象にはならない。
議論とは、集団における最大公約数を見出すまでのプロセスと言える。
真理とは限界まで高められた公約数でもあると考えられるので、あらゆる議論が無くなる。
それは、「議論の終焉」である。
これは机上の空論であるのか、否か。
こういう思考実験を考えると、面白いことに新たに考える材料が生まれてくる。
それは、世の中を真理で満たすことができるのか、という問いである以前に、
真理とは何によって決まるのか、という問いでもある。
さて、このことを徹底的に考えぬいた人の文献でも読み漁ってみようと思う。
つづく