はてなブログ大学文学部

読書と哲学がメインです。(毎日更新中)

読書日記51

ちらのつづきを読み進める。

 

nainaiteiyan.hatenablog.com

 

本書の骨格がハッキリ見えた。

それは、競争によって「個」の特性が見えてくるということであった。

 

 

本書ではピース又吉氏の『火花』が紹介された。

漫才は激しい競争のなかで磨かれていくのであって、たとえ落ちこぼれようとも、生き残った漫才師の技術は競争によって生まれた、ということが示されていると著者は指摘する。

そして、落ちこぼれても独自の技術を磨き、勝てる分野を開拓すれば才能は磨かれるだろうし、そのようにして分業化し、全体的にレベルが底上げされるのだという主旨であった。

 

 

また、実験では競争の概念のない教育を受けると、利他性に欠ける価値観が生まれやすいということも示された。

 

 

どこまでも競争を肯定しようとする、経済学者の信念なのだろうか。

 

 

僕は考えた。

以上の文脈からすれば、競争は正しい。

たとえ負けようとも、自分の強みを生かせば比較優位の原理で社会も豊かになっていく。

うまく機能すれば、ということが前提になってくる。

 

 

実際はどうだろうか。

そもそも現実は競争で溢れているのだろうか。

負けたひとは即退場の世界なのだろうか。

 

 

世の中は別に、トーナメントが全てではない。

負けるとか、勝つとか、それは実は目に見えない虚構のような気もしないでもない。

 

 

理論がどこまで現実に組み込めるのか。

どこまで正確に組み込めるのか。

これが行動経済学の課題であるように見える。

つづく