一点に集中してみる。
とりあえず「行動」に絞ってみる。
何が自由でないのか。
それは、
「行動できないこと」であると思われる。
拘束され監禁される。これは「不自由だ」。つまりは「行動できないこと」である。
ここからが本題。
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ここまで、「自由度」が行動に影響することを考えてきた。
ここまできて、
「自由度」と「自由」
この相関性を見てきて、
「権利的には自由が「在る」としても、必ずしも「自由」を意味しない」
ことがわかった。
人は「見えないこと」はやはり見えにくい。
自由であるつもりであっても、「行動できない状況」であれば、それはもはや自由ではないと言える。
仮に、入院していてベッドから離れられない方がいたとしても、「意思」がある限り「自由」である。(前述の拘束の件に関しては、厳密には自由の余地はあると考えられる。)
つまり、自由とはなにか、と考える際には、
「何が自由でないか」
「どういう状況が自由でないか」
「自由である状態は何ができる状態か」
等を考え、演算することが肝要と言える。
つづく