「楽に生きる方法なんてない」
今のところそうなっている。
技術がどれだけ進歩しても、おそらくベーシックインカムのような、行政的な革命が起きない限りいつまでもいつまでも、僕たちは終わりなき資本主義の競争に晒される。
では何故そうなっているのか。テクノロジーはいったい何の役に立っているのか。
僕なりに考えた。
・日本は維持費が高い説
日本は経済的に成熟した。産業構造もだいぶ変わった。高度な知識を持てば持つほど、稼げることになった。よって自然に、子供の教育コストが増えた。それは子供の維持費が高いことをも意味する。
中学までは学費は無料だ。ところが成熟した日本は大学を卒業しないと、賃金が低い状態が続く。よって、子供の為を思うと、なかなか産めない事態が生まれる。少子高齢化社会の始まり。
高齢者は年金で暮らす。高齢化によって年金の額は年々膨らむ一方。医療費や介護費、様々な費用がかかる。よって、高齢者の維持費も高くなる。
日本はビルや高速道路、公共施設などインフラを整えた。しかし、増えれば増えるほどそのメンテナンス費用が膨らむ。よって、インフラの維持費も高くなる。
それらを、少ない労働人口によって支える。
支えつつ、外国との競争に勝たなければ経済は低迷してしまう。
今の日本は物質的には豊かではあるが、維持費が大きく、競争に力を注げなくなってしまっているのでは。
第二次世界大戦と同じような状況になっていないか。
すなわち、物資が滞って、兵隊を維持するのに精いっぱい。戦闘機を製造する余裕がなく、攻撃力が弱くなっている。
それが今の日本経済では。
技術の発展が国民の幸せに寄与するかといえば、必ずしもそうではない。
これが僕の考える、日本は維持費高い説である。