僕もそうだった。
モバゲータウンというSNSにドハマりしていた。1日中ケータイをいじっていた。
昔はスマホをいじるな。ではなく、ケータイをいじるな。といわれたものだ。
なんかこう、つまらない時間から逃げたいというか、退屈が本当にいやだった記憶がある。
勉強している時間がもったいなく、なんかこう、大切な時間が勉強によって失われていくような感覚を持っていた。
だから僕は若い子をみても共感ができるのだ。
しかしここで逆説の罠が襲い掛かってくる。
時間を大切にしているようで、実は捨てているということに、いつか気づく。
楽しい時間は続かない。続くとすれば、それは中毒であり、依存症である。
つまり。Youtubeを見ていても、慣れが来て、飽きが来て、結局は退屈との戦いなのである。ではどうすればいいのか。
よく、何か大きなトラブルや事故があったとき、若い人は「まだ死にたくない」と言う。僕もそうだった。
でも今は違う。
「明日死ぬと思いながら生きろ」の意味がだんだんとわかってきた。
正直なところ、その日にやれることをやりきれば、最悪、死んでもいい。
その精神状態に持っていくのがベストではないだろうか。
言い換えれば、まだ死にたくない人は自分の人生を生きていないと言えないだろうか。毎日を本気で生きていないのではないだろうか。
若い人の時間に対するイメージ、感覚というものは、やはり若さ故に盲目であるのだろうか。