単なる言葉の遊びなのだろうか。
いや、そうでもない気がしてきた。
「生きる=辛い」の裏返しは「死=楽」なのだろうか。
本当なのだろうか。
「ご冥福をお祈りします。」みんなそう言っているではないか。
直感的に、死後がないとすれば、こんなこと誰も言わないではないか。
何千年も世界中で人類は死後があると考えてきた。
だからといって死後があるとはわからない。でも、本当はあると思っているのではないだろうか。
「後生」という言葉がある。
生まれ変わった後の世という意味らしい。どう思いますか。
さて、タイトルの話に戻る。
「無」とは文字通り「ない」である。では「無」はあるのでしょうか。
「無はある」は正しくない。あるという時点で、それはもう無でなくなる。虚数のようなものだ。虚無になる。ということは、本当は無なんてものはない。かつて日本にそう考える人がいた。
「死ねば楽になる」
ちょっと考えが浅くないですか。「死」についてもっと考えてみませんか。
「生きること」もまた同じです。ちょっと考えれば、一人称としての「死」は「ない」ものだとわかります。
世間のいう、「自殺はよくない」「自殺はあってもいい」の論争は的が外れていませんか。本質からずれていませんか。