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J・M・クッツェー『恥辱』ハヤカワ文庫 (2007) 読了

J・M・クッツェー『恥辱』ハヤカワ文庫 (2007)

つづきを読み終えた。

 

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感想

 

自分は読み終えてひとつ分かったことがあった。

哲学者と芸術家は相容れない。両立するものではないということを。

しかしながら自分は前者の理性を、後者の情熱を愛している。これはどういうことなのか。

 

 

プラトンが詩人を毛嫌いしたのは国家の秩序を乱すからであった。

そして芸術家は秩序を破壊するベクトルを持っている。

理性の力によってのみ幸福を得ることをプラトンは構想し、詩人は、つまりこの主人公のデヴィット・ラウリー(詩人研究者)は情熱によって、性愛のみが幸福を得ることができると考えたのだ。

 

 

しかし結果としてはそうはならなかった。

哲学者は理性の力が足りなかったからだと答えるだろう。哲学者から見れば失敗、堕落しきった人生だったと言うだろう。

 

 

自分は、理性の側の自分はたしかにイエスだ。

恋愛しかすることがない人間はデヴィット・ラウリーのように落ちていくのは当たり前だと思う。

それについていろいろと書こうと思っていた。

しかし、ラウリーの転落ぶりを批判しようとしている自分はいたが、そうでありながら自分は哲学と芸術の両方を愛しているという矛盾に気がつき、なんとも言えない気分になった。

 

 

この矛盾を抱えながら、次の問いかけを行い、次の本を読む。

文学は問いを探すための冒険である。

 

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