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読書日記195

田晶子『考える人 : 口伝西洋哲学史』中公文庫 (1998年) を読む。

この本の存在に最近まで気づけなかった。というのも、中公文庫は在庫数が少ないことがままあり、この本は2021年に再び刷られた。それを偶々店頭で発見した次第である。

 

 

池田氏は度々、「人類は進歩しない」と嘆いていたが、その理由が本書に明確に示されている。

例えば、「Aがある、Aがない」、この違いを私たちは説明できる。

それは「ない」という事と「ある」という事を先天的に知っているからである。

この「先天的」がポイントで、ヘーゲルはそれを「絶対精神」と呼んだ。

 

 

怖いという感情を人は教えられるまでもなく、「気付く」ことによって「分かる」に変わる。

他のあらゆる現象についても同じことが言える。

「分かる」とは「気付く」ことである。

 

 

ヘーゲルいわく、「私とは世界精神のこと」である。

あらゆる物事を、私たちは先天的にかつ何故か万人が同じ仕方で知っている。

 

 

 

哲学史は哲学者の歴史ではなく思考の歴史であるべきだと池田氏は言う。

しかしながら、現実はそうなっていない。

ヘーゲル以後、人々はヘーゲルを「空虚な形式主義」と批判してきた。

池田氏は別の章で現代哲学のまやかしを指摘する。

つまり現代の哲学こそが「空虚な形式主義」である、と。

ここでようやく腹落ちする。

「思考が進歩していないとはそういうことか」

 

 

 

つづく