人生は草!

読書と哲学。大学院入試日記

日本人不平等論。知識社会の闇。

由とはなんだろう。

好きに動けること?五体満足であること?

好きなことに夢中になれること?好きな仕事に就けること?

否。

 

赤ちゃんは母語を選べない。

既に不自由の始まりである。

 

子供は小学校も選べない。(厳密には)

家庭の事情で公立にしかいけない子はいくらでもいる。

 

生まれてから、大事な6歳まで、何もかも不自由なのだ。食べるものすら選べない。

親によってはジャンクフード漬けにされる可能性だって十分にありうる。なんという不条理。

そして、ようやく自由になれたかもしれないと思われる小学校に入った時点で、もう「刷り込み」は完了している。

 

発達心理学を勉強すれば嫌というほどわかってしまう。

そういう意味で、本当に自由を掴むのは相当苦労がいると思われる。

 

自由とは何だろう。

それは、自分と言うものを、社会という枠組みを外れた場所から俯瞰するときに、完成された理性によって自分という人間について理解し、そこから行動の選択肢を広げることではないだろうか。

 

それができるのは成人してから数年後か、あるいは数十年後だろう。

気づいたときにはもう手遅れ。こんな方はいくらでもいるだろう。

 

僕はそういう方を救いたい。