読んだ本
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日記
ベンヤミン「カフカの作品は、互いに遠く離れた二つの焦点をもつ、ひとつの楕円である。」
この表現に美しさを感じた。
(これは単なる比喩ではなく数学的な法則に基づいている)
参考URL
【高校数学Ⅲ】「楕円の方程式(1)」 | 映像授業のTry IT (トライイット)
「遠く離れている」
長編『城』では主人公がいつまで経っても城にたどり着けず、ひっちゃかめっちゃか物語が展開される。主人公と城がまさに「遠く離れている」。
ベンヤミンは難解な表現ばかりのイメージであるが、時々驚かせる。
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今日も相変わらず『消去』に時間をかけてじっくり読んだ。
常に鞄に入れておき、読めるときちまちま読み進めた。
400項まで読み進んだ。
いよいよ『消去』という物語が終わってしまうが、物語の内容がどうのこうのではなく、本書はベルンハルトという人間と長い時間会話している感覚で読むことができた。
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BOOK・OFFで『無用の効用』という本を立ち読みした。
ボードレールの商業批判やヴィクトール・ユゴーが行った演説についていろいろと書かれていた。
内容は忘れてしまったが、経済成長が今の生活水準もしくは文化的生活の維持に必要だと自明のように思われている節がある。
良いか悪いかは今の自分では分かりかねるが、学校や会社で「成長しなければならない」と口うるさく言われるのは、実はイデオロギーの側面もあるのではないか、と思う時もある。
例えば、キリスト教について少し学んでみたが、資本主義(=プロテスタンティズム)以前の西洋の世界観は、聖書を読んで、聖書の教えとおりに生きることが人々の共通前提であったはずである。
要するに、なんのために人は成長しなければならないかというと、突き詰めればこの「経済成長」に限定されていく気がしなくもない。
哲学は経済成長に直接寄与しないかもしれない。
文学もしかり。
だからこういった本を読むより資格の勉強にいそしむ人が多いわけである。
いまいちど「無用の効用」について考えてみるべきかもしれない。
子供の「なんで?」は大人のごまかしによって封殺され、大人の「なんで?」はその無意味性、あるいは「有用性の欠如」によって封殺される。
封殺される度に大人は平凡な、ごくありふれた普通の人間、に収束していくのではないだろうか。
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