はてなブログ大学文学部読書研究科

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読書日記558

読んだ本:

ポール・ブルーム『反共感論ー社会はいかに判断を誤るか』白揚社 (2018)

つづきを読み進めた。

 

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メモ

 

"道徳的な判断において数の重要性が認められるのなら、それは理性のゆえであって感情のゆえではない。" P112

 

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日記

 

今日は道徳に関して少しずつ密度の高い議論が始まってきているように感じた。

(今の段階では第三章まで読み終えた。)

 

 

重要な考察は偏在していて、一貫してまとめることは難しく、全体を俯瞰する力が必要であるように感じた。

 

例えば、バイアスは人間の認知能力の限界からくるものもあれば、生物学的な要因と思われるものもある。

前者は、事故の死者数が200人から2000人に訂正されても悲しみが10倍になることは考えにくく、後者は訃報による悲しみが親族に近ければ近いほど増すといった、共感の線引きに関する難しさがあげられる。

 

 

本書では、以上に加えて災害に関する共感や同情は大きいが、貧困国の疫病による死には前者ほどではないというバイアスが挙げられていた。

 

 

しかしながら、数字(死者数など)を考慮すると功利主義的な発想になる。

ロッコ問題でいえば「いかなる手段を使ってでも」助かる人の数が多いほうを選択するほうが合理的であるという立場になる。

 

 

そこのどこが問題なのか。という意見もある。

それは「直観」では「やるべきではない」と考える人が少なくないという見方もできる。

太った男性を突き落としてまで電車の向きを変えるというのは残忍である。

この原則に従うべきとは個人的には思えない。

 

 

統計的な思考を持ち出すと理性的になるが、ある側面では非理性的にもみえるという奇妙な現象が起こるようである。