問い屋さん。読書の「力」を発信するブログ

「INPUT・OUTPUT・読書 (哲学・数学・認知科学・文学・心理学・芸術・色彩心理学・神経言語学など) 」を通じて人生の武器になる強力な問いを提供。問屋ではない。そうは問屋が卸さない。人生は草。楽しく行こう。

髪の乱れは気になっても、国家の乱れは気にならない。

セネカ『生の短さについて』より。

 

 

・・・・・・タイトルとは全く関係ないのだが、人の行動から、その人が何を考えているか、「見える世界」「見えない世界」の関係からわかることがある。第二弾だ。

 

■歩くスピードが速い人はその瞬間では注意力が高い

歩くスピードが速い。朝のラッシュ時間帯。

多少雑念が頭よよぎるかもしれない。しかし、雑念に過ぎない。

歩くスピード速いと、視力が落ちる。

もちろん、瞬間的な話である。速い電車に乗れば車のナンバーは見づらい。当たり前だ。

いきなり飛び出してくるかもしれない。そしておじいさんとぶつかるかもしれない。

速く歩くという行為は、リスク管理の観点からはあまり合理的ではないといえる。ただ、出勤時間を早めたいという人が大半だろう。

つまり、時間通りにバスなり電車に乗るという「目的」があるから、歩くことが自動化していると言える。これも当たり前だ。

ということはだ。目的達成のために、なんで歩いている時にいろんなことを深く考える必要があるのだろうか。深く考えるのは、まずは今日送られてくる資料を見てからでいいじゃないか・・

他にもいろいろな場面が予想される。

・早く帰宅したい。

・ゆっくり歩くのは時間の無駄だ。

・早く買い物をしなければ。

・予約の時間がある。

いずれにせよ、目的があると考えられる。もちろん、早く歩くことが日課になっている人がいる。しかし、それは休日でもやることだろうか。

速く歩くことは、当然エネルギーが余計にかかる。

合理的に考えれば、無駄なエネルギーを無駄に使う理由は見当たらない。

ということはだ。その瞬間瞬間では、深く考えることは難しい。

 

ゆえに・・・

速く歩くことと深く考えることは、水と油のような関係だ。

速く歩く人は、その瞬間深い思考はない可能性が高い。

メリットはもちろんある。

思考が浅いということは注意力があるということだ。

これは、人が密集している駅で、人同士が正面衝突することがほぼ起きないことがそれを証明している。

つまり・・・

速く歩く人は視力が落ちているが、視界は開けているのだ。警戒心もありそうだ。

 

問い屋さんによる問いかけ

■ゆっくり歩く人はどうだろうか。