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本気で常識を疑いにかかる

己啓発本に「常識を疑え」と書いてあるのはたまに見る。

しかし、生易しい方法で疑うことに意味はない。

世の中は知覚できないほどに、見ることができないほどに、事実が隠されていたり、巧妙に正当化されていることもある。

 

 

例えばこんな例がある。

「感情的」

この言葉をGoogleで検索する。

「感情的な人」と出る。

そしてこの言葉には「マイナス」なイメージが含まれる。

 

 

しかしフロムは指摘する。

感情は「抑圧」されていると。感情を表に出さずにいることが徳とされている。

「抑圧」が過剰になると、当然なんらかの精神疾患を誘発する。

 

 

 

僕は、今のところ性悪説に関しては支持しない。

マキャベリやホッボズ、フロイト等から始まる性悪説は昔の負債だと思っている。

しかし、世の中は彼らの考えを正当化したり肯定的に捉える向きはある。

 

 

こういうことをさっぱり知らない高校生や大学生がもしいるとするならば、彼らに誤った常識を植え付ける大人を、僕は看過できない。

勿論、僕も正しいことを書いている確信は持てない。常に自分も疑う。

 

 

しかし、これだけ世の中が忙しなく、自分のことで精一杯な人が多いなか、僕は僕なりに情報を発信していきたいという勝手な思いがある。

とはいえ、基本的にはアウトプットの場ではある。

 

 

考えは記録に残さなければ消失する。

しかしながら、思考の積み重ねでしか真実は見抜けない。

つづく