人生は草!

読書と哲学。大学院入試日記

人のせいにすることは、極論、自分の人生の責任を放棄していると言える

「家賃が高い」

「お金がない」

「転職したい」

「忙しい」

「出会いがない」

これらを「愚痴」として言う場合、それは「人のせい」にしているということ。

「人のせいにすること」とは「責任を他人になすりつける」ということ。

なんだかんだ、人はあらゆる行為を「自ら」行っている。

極論、(話が長くなるので)お金がないのは、自分でそうしたから、

忙しいのは自分でそうしているから、転職したいと思う今の仕事を選んだのも自分でそうしたから、と言える。

 

自分の人生の責任を放棄することとはどういうことか。

「自分の人生を全うしない」といえる。

哲学的に言えば、(善か悪か)「悪く生きる」ということである。

善く生きるために人生があって、どうして悪く生きるために人生があるのだろうか。

「自覚がないから」

それしか思い浮かばない。

善いことだと思ってやっているが、実はそれが「自分にとって悪いこと」だったりする。法律とか道徳の話ではないです。もっと深い次元の話です。宗教ではないです。(僕は無所属無宗教)

 

悪く生きるって、もはや生きるに値しないじゃないですか。最後まで意志のないまま、ゾンビのような人生を送ってエスカレーターのように死んでいく。嫌です。

 

なので、僕はこれらのNGワードを頻繁に繰り出す人に注意します。もちろん自分にも戒めを込めています。