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派遣会社、利益、人の幸福について

よいしょーーー

おっす、オラ元無職

 

派遣法とか詳しいことはわからないけど、派遣とか経済の仕組みってこうなんだと思う。

企業は成長するための手段の一つとして人件費を抑えることによって、利益を上げ、それを投資に回したりしてさらに利益を上げる。つまり、好循環に入りたい。

派遣労働者は使い捨てにされるかもしれない。ただ、派遣労働者によって企業は成長し、商品を必要としている人に提供することができる。

つまり、極端な例だが、派遣があれば9人が幸せになり、1人が不幸になる。

派遣がないと5人が幸せになり、5人は不幸になるという状況に近いのでは。どちらが良いと思いますか。

こういうスケールで考えると、派遣は悪かといわれると何ともいえない。

ただ、自分は幸せになりたい。誰もが思う。しかし世界は競争社会。

みんな必死で生きている、ぼーっとしていると自分が不幸になってしまう。

 

戦争状態では、人を撃たなければ自分が死ぬ場合、撃つことは仕方がない。

今は、戦争状態ではないが、小さな戦争状態なのだ。

人を利用しなければ自分が死ぬ場合、あるいは死にそうになる場合、人を利用することは悪ではない。それが行われているのが現代で、戦争には勝ち負けがあるように、現代にも経済的には勝ち負けがある。命はあるかないかでしかないが、経済にはそうではない。だからややこしいのかもしれないが、そういう意味では今は小さな戦争状態だと思う。

 

 

何を持って不幸といえますか。私にはまだわからない。ただ、生き抜く手段として、お金を稼ぐことは大事ではないか。

極端な例だが、武器を強化したものが戦車なり、戦闘機であって、現代に置き換えると、武器はスキルということで、武器を強化しなければやられる。今は小さな戦争状態なのだから、スキルというものを強化しなければ利用される側に回されるのは避けられない。

 

ここに、やりがい、生きがいというワードが出るとさらにややこしくなる。

でも人間の基本的な原理は変わらないのだから、結果としてスキルが上がらなければ利用される。

 

 

利用されることが幸せだなんて、生物学的におかしくないか。

ここに、勤め人というワードが入るとまたややこしくなる。

何を持って「利用」されるとなるか。私は、幸せになれる側にいれば「利用」されているとは思わない。戦争で言えば、使い捨てが「利用」される側だ。一番前の、先制攻撃を仕掛けるひとたちだ。指揮官は今で言えば部長とかなのだろうか。指揮官はめったに死なない。命が「ある」か「ない」かでいえば、指揮官には、最終的には「ある」ことになる。命がなければ幸せになれるチャンスはない。命が全てだ。

 

何が言いたいとか、直感で書いているから読者には伝わらないとは思うが、現代には命はある程度保障されているのだから、人は不幸とか幸せとか、感じにくいのだ。

 

でもなんとなく感じるはず。命はある。でも貧乏で、毎日きつい。それは幸せなのか。

今にも死にそうな人はいっぱいいる、だから生きているだけで幸せなのだ。

いろんな声が自分の心から聞こえる。

でも。生きているだけで幸せ。何か放棄してないだろうか。

わからない。

 

けど、やっぱり利用される側には回りたくはない。

 

ああ、結局何が言いたかったのだろう。つづく