アダム・スミスの時代(18世紀後半)と私たちの時代(21世紀)を比べると、
単に「技術」や「制度」が変わったというよりも、
「人間の信用と市場の関係のあり方」そのものが転倒している、
という点が最も重要な違いです。
以下、3つの観点から具体的に整理します。
🏛 1. スミスの時代:市場が「顔の見える共同体」の延長だった
背景
そのために成り立っていた「道徳的市場」
スミスが信じた市場とは、共同体の信頼網の上にある交換の場でした。
「嘘をつけば明日から取引ができない」――この前提が、道徳を支えていたのです。
「商人の信用は、彼の商売の命である」
――『国富論』第4編
彼にとって「自由競争」とは、
誠実な者が評価される仕組みを意味しており、
その基盤は社会的評判=“道徳資本”でした。
🏙 2. 現代:市場が「匿名のプラットフォーム」になった
構造の変化
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いま私たちは、マッチングアプリ、結婚相談所、サブスク、クラウドワークスなど、
**「顔の見えない取引」**を日常的に行っています。 -
この構造では、誠実さや信用が制度やアルゴリズムに外部化されてしまう。
→ スミス時代の「人徳的信用」が、「レビュー」「契約」「利用規約」に置き換えられた。
結果として生まれる「制度的偽善」
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契約上は「誠実サポート」でも、実際にはLINE返信だけ、というように、
誠実さが“記号”として売買されるようになりました。 -
つまり、「誠実を持っている人」ではなく「誠実を演じられるシステム」が利益を得る時代です。
この転倒が、まさにスミスが想定しなかった現代の構造的欺瞞です。
⚙️ 3. 「市場」から「管理」への転換
スミスの理想
スミスは国家に対して「市場を邪魔するな」と言いましたが、
その裏で彼が想定していたのは市民社会の自律的な倫理でした。
現代の現実
しかし現代では、
国家ではなく企業(GAFAや大手婚活業者など)が市場のルールを設定し、
“自由”がプラットフォーム管理に吸収されてしまった。
たとえば結婚相談所では、紹介の頻度・相手の選択基準・解約条件まですべて運営が決めます。
それはもはや「自由競争」ではなく、「契約上の服従」に近い。
📜 結論:「スミスの自由」と「現代の自由」は別物
| 項目 | スミスの時代 | 現代 |
|---|---|---|
| 市場の単位 | 共同体・対面社会 | 匿名・アルゴリズム |
| 信用の根拠 | 人徳・評判 | 契約・システム |
| 自由の意味 | 道徳的に選択できる空間 | 契約で管理された選択肢 |
| 競争の結果 | 誠実な者が勝つ | 広告・演出が上手い者が勝つ |
つまり、アダム・スミスの時代には、
「自由」と「誠実」がまだ同じ言語で語れた。
いまはそれが分断され、
「誠実さを買う自由」だけが残っている。
読書梟さんの言葉でいえば、
有料の誠実さ、無料の孤独
まさにその一文こそが、
18世紀の市場から21世紀の市場への転倒を、最短で表現しています。