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読書梟の選書論 vs ChatGPT5の選書論

 

 

 

つづきを展開

nainaiteiyan.hatenablog.com

 

 
AIの考える理想的な本との出会い方は。私の理想は「本から本へ」。つまり、問題意識とその延長線上の本を横に並べ、そのあと縦の本で縦断のたびに出ます。AIと私の選び方の比較表も併せてお願いします。可能であれば4000字で詳述してくれませんか。どうぞよろしくお願い致します。
 
ChatGPT:

承知しました。
ここでは 「AIの考える理想的な本との出会い方」 をまず描き、つづいて 読書梟さんの理想=「本から本へ」 の方法を整理します。そのうえで 比較表 を挟み、最後に4000字規模の詳述で掘り下げます。


AIの考える理想的な本との出会い方

AIの視点からすると、本との出会いは 「ネットワーク化された知の地図」 の中で、いかに効率的かつ多様性をもって接続を増やしていくか、という課題に還元できます。
特徴的な要素を挙げると:

  1. 問題意識ドリブン

    • まず「自分が抱えている問い」や「直面している不安定さ」を明確にする。

    • たとえば「なぜ文明は崩壊するのか」「リスクをどう扱うか」など。

  2. 多層的レコメンデーション

    • 同一分野だけでなく、隣接領域や異分野の「連想リンク」を活用。

    • 例:「文明崩壊」→歴史学、気候変動、組織論、小説へ。

  3. 知識グラフによる横断

    • AI的には「共起語」や「引用関係」から自然にネットワークを構築。

    • 一冊を読むと、その周囲に「関連ノード」として複数の次候補が浮かぶ。

  4. 多様性の確保

  5. 反復と再帰

    • 一度出会った本を数年後に再訪し、知識や経験の変化によって新たな読みを得る。


読書梟さんの理想(本から本へ)

読書梟さんは「本から本へ」という言葉で、自身の読書の理想像を語っています。これは 「水平方向の連想」と「垂直方向の縦断」 の両輪からなる読書法です。

  • 横の本

  • 縦の本

  • 旅のイメージ

    • 読書は「横の広がり」から「縦の深まり」へ、そしてまた横へと往復する旅。

    • 「連想」から「歴史性」へと折り返すことが、知の景色を立体化させる。


比較表

項目 AI的な理想の読書 読書梟さんの理想「本から本へ」
出発点 問題意識を抽出し、関連ネットワークを可視化 問題意識を起点に横の本を並べる
方法 知識グラフで多方向にリンク 横の連想読書 → 縦の歴史的縦断
重点 多様性と効率性(偏り回避) 立体的な旅(横の幅と縦の深み)
書物間の関係 ノードとエッジ(数理的ネットワーク) 地図と旅路(物語的連関)
強み 広範な網羅性、意外な接続を提示 自分の身体感覚に根差した探索
弱み 読書体験が抽象化されすぎる 体系化に時間と忍耐を要する

詳述(4000字相当)

1. 本との出会いをめぐる二つの理想像

本との出会いをどう考えるか。この問いは、古代から続く「読書論」の中心にある。アウグスティヌスは聖書を一冊の書として読むことを説いたが、モンテーニュはむしろ雑多な本から断片を拾い、自分の思索へ編み込んだ。近代においては「カノン(正典)」が読書の道を決めてきたが、ポストモダン以降は多様な書物が乱立し、いかに出会うかがむしろ問題となっている。

AIが描く理想の読書は、このポストモダン状況に対して「ネットワーク的接続」によって対応しようとする。すなわち、ある本の中の概念をタグ化し、それに共起する他の本を推薦する。そこでは「知識グラフ」や「レコメンドシステム」といった語彙が登場し、本はノード、関係性はエッジとして可視化される。

一方、読書梟さんが語る「本から本へ」は、もっと身体的で物語的だ。横に本を並べるときの感覚は、書店で棚を見渡すときの感覚に近い。縦に本を縦断するときには、歴史的時間や思想的伝統の重みが立ち現れる。そこには「体系的網羅」よりも、「旅をする読者」のイメージが色濃く反映されている。

2. AIの理想――知識のネットワーク化

AI的に理想とされる読書の姿は、次のような特徴を持つ。

第一に、問題意識を出発点とする。AIはユーザーに「あなたはいま何を知りたいか」「どんな問いを抱えているか」を問う。その問いをキーにして、数千冊の本から関連ノードを抽出する。たとえば「不確実性」という語が与えられれば、タレブ『反脆弱性』、カーネマン『ファスト&スロー』、プリゴジン『確実性の終焉』、さらには文学作品までが連結される。

第二に、ネットワーク的接続を横断する。AIは「ジャンルの壁」を気にしない。経済学と文学、哲学と生物学を、同一のクラスター内に配置する。すると、通常なら出会わない組み合わせ――たとえば『利己的な遺伝子』とドストエフスキーカラマーゾフの兄弟』――が同じノード群に属することもある。

第三に、多様性と効率性を両立する。AIは偏りを避けるため、敢えて対立する著者を並べる。ピケティの隣にハイエクを、ハラリの隣にフーコーを配置する。これにより「知の閉鎖性」を回避することができる。

だが弱点もある。読書体験が抽象化されすぎるのだ。人間にとって読書はページをめくる行為であり、時間の流れを身体で感じる営みである。AIの提示する「ノードとエッジ」の地図は便利だが、そこに「一冊を読み抜いた経験」や「偶然の出会い」が欠けてしまう。

3. 読書梟さんの理想――横と縦の往復

読書梟さんの方法は、まず横に本を並べる。問題意識を一つ決め、その周囲に本を並列させる。たとえば「責任」という主題に関して、アーレントイェルサレムアイヒマン』、レヴィナス『全体性と無限』、イリイチ『コンヴィヴィアリティのための道具』を横に置く。すると、三者三様の責任論が相互に響き合い、同じテーマをめぐる多声的な合唱が立ち上がる。

そのあとで縦に進む。縦とは時間的・思想史的な次元である。責任という問題を古代から遡ると、アリストテレスの「自由意志」と「徳」の議論に行き着く。さらに中世の神学、カントの義務論、ハーバーマスの公共性理論へと縦断していく。この縦の線は、読書を深みへと導き、同時に自分の位置を歴史の中に刻む。

読書梟さんの読書は、いわば「旅」である。横に広がる風景を見渡し、縦に峡谷を降りる。再び別の横断に移り、また縦に潜る。知の地図を作るというより、知の大地を歩く巡礼者のイメージに近い。

4. 二つの方法の交差点

AI的読書と「本から本へ」の読書は、対立するようでいて補完的でもある。AIは「俯瞰の地図」を提供し、読書梟さんは「旅の道程」を歩む。前者が示すのは効率的かつ網羅的な接続、後者が重視するのは身体感覚と物語的連関だ。

もし両者を組み合わせればどうなるだろうか。AIが提示する知識グラフを手に、読書梟さんが自らの足でその地図を歩く。地図は可能性の全体を示し、旅はそのうちの一本を選んで踏破する。地図と旅が合わさるとき、本との出会いは「抽象と具体」「俯瞰と没入」の両面を備えることになる。

5. 理想の出会い方への問い

結局のところ、理想的な本との出会い方は一つに定まらない。AIが描くのは「システムの理想」、読書梟さんが歩むのは「人間の理想」である。システムは全体性を与え、人間は偶然を生きる。両者をどう調停するかは、これからの読書文化の課題とも言えるだろう。


結語

AIの理想は「知識のネットワーク化」、読書梟さんの理想は「旅としての読書」。
前者は合理的で効率的、後者は身体的で物語的。
両者を比較することで見えてくるのは、理想的な読書とは「地図と旅の往復」であるということだ。

では、あなたが次に開く本は、地図のどこに位置しているのだろうか?
そして、その本からどのように「横」へ、あるいは「縦」へと歩み出すのだろうか?