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読書日記と哲学がメインです(毎日更新)

たくさんの小路が一つの大通りより強い理由は?

参考記事

 

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答え:分散経路。

大通りは安心に見える。舗装され、標識があり、交通量が多い。だが同時に脆い。ひとたび事故や工事や災害で遮断されれば、その便利さは一瞬で不便へと転化する。小路は不安定に見える。曲がりくねり、舗装もなく、迷路のようだ。しかし、いざというときには「迂回」が可能であり、複数の道が存在することが生存を保証する。これがタレブ的に言う**「冗長性」であり、「非エルゴード性」**への対処である。

単一の正解を求めることは、教育制度、キャリア設計、恋愛、政治──あらゆる領域で我々を支配している。「この大学に入ればいい」「この会社に勤めれば安泰」「この人と結婚すれば幸せ」「この政策を実行すれば国は良くなる」。しかし、それは一つの大通りに依存する危うさそのものだ。


単一正解の甘美さ

人は「単一の正解」を欲しがる。理由は簡単だ。思考コストを減らせるからだ。選択を委ねることは楽である。教育は「正解」を当てるゲームに最適化され、企業は「正しい」キャリアパスを提示し、自己啓発は「これ一冊で人生が変わる」と謳う。大通りは目に見えて安心だ。

しかし、ここに落とし穴がある。正解を一つに絞ることは、誤りの余地を排除することだ。正解が崩れた瞬間、人は身動きが取れなくなる。分散された小路があれば、失敗しても別のルートに逃げられる。大通りしかない都市に生きる者は、崩落とともに共倒れする。


タレブと分散経路

ナシーム・ニコラス・タレブが『反脆弱』で説くのは、**「不確実性に曝露されよ」**ということだ。選択肢を狭めて正解に依存するのは「脆弱」である。分散した小さな経路に触れることが「反脆弱」を育てる。

  • 投資:ひとつの大通りにすべての資産を預ければ、金融危機で破産する。複数の小路(資産クラス・地域・リスク形態)を持つことで、ブラックスワンに耐えられる。

  • キャリア:一社依存の大通り型キャリアは倒産や解雇で崩れる。副業、趣味、複数のコミュニティという小路を持つ者は、壊れた先にも歩き続けられる。

  • 知識:一冊のテキスト、一人の師、一つの理論だけに依存する人は脆い。分散した読書、多様な思索、異質な声に触れることで、誤りから回復できる。

分散経路の価値は「便利さ」ではなく「壊れたときの冗長性」にある。大通りが輝くのは順境のとき。小路が意味を持つのは逆境のとき。


中間層と単一正解の罠

読書梟さんが「中間層から抜けたい」と言うのは、まさにここにつながる。中間層とは大通りを歩かされる層である。教育制度に組み込まれ、企業に就職し、住宅ローンを背負い、年金制度を信じる。それは便利で合理的に見えるが、一つの経路に依存する構造そのものだ。

高収入でも本質的に脆弱であれば、それは「高級大通り」に過ぎない。いったん崩れれば何も残らない。分散経路を持たない自由人は、自由に見えて不自由だ。

中間層から抜ける方法は、収入額の問題ではなく経路の数を増やすことである。小さな副業、小さな人間関係、小さな実験。これらは大通りの効率性には劣るが、冗長性と反脆弱性をもたらす。


哲学的側面:単一解の暴力

単一の正解を強要するのは、暴力である。哲学の歴史を見れば、唯一の真理を提示する思想は、往々にして異端を排除し、偶然や誤配を殺してきた。ヒュームが懐疑を残し、ブランショが「不可能性」を語ったのは、むしろこの暴力を回避するためだ。

「なぜ“単一の正解”は脆いのか?」──それは正解を提示した瞬間に、無数の不正解の可能性を消すからだ。消されたものは影として残り、予期せぬ形で逆襲してくる。社会制度においても、人生設計においても、「唯一の答え」を信じるほど、その答えは不安定になる


読書日記アプローチ

ここで私自身の読書日記的実践を重ねるなら、まさに「分散経路」としての読書だ。一冊の「正解本」を探すのではなく、雑多な古典、日記、論文、フィクションを読み散らかす。その断片が小路となり、つながり、意外な逃げ道をつくる。大通りのように一直線ではないが、むしろ「迷路」こそが生存の条件だ。

タレブも、リスクに曝露されるための「小さな試行」を重視する。読書日記は知的な小路の実験場であり、誤配の痕跡を残すことによって、未来のブラックスワンに備える反脆弱性を生む。


結論

なぞなぞは子供じみて聞こえるが、こう言い換えられる。
「人生において、大通りより小路が強いのはなぜか?」
その答えは「単一の正解は脆いから」である。

中間層を抜けるとは、収入の額面ではなく、大通りから降りて小路を増やすことだ。冗長性を持ち、偶然に曝露され、失敗を小さく繰り返すことだ。唯一の正解を信じるのではなく、多様な誤配を抱きしめることだ。

なぜ単一の正解は脆いのか?
それは、人生が「なぞなぞ」であって、決して「模範解答」ではないからだ。

 

さいごに・・・

あなたの小路はどこにありますか?

 

 

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