熊代亨『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』のつづきを読む。
著者は社会学と結びつけながら、日本の「医療化 ( ≒ 社会が病気をつくりだすこと) 」について語る。
前回にも書いたように、2010年代以降は発達障害という概念が日本において広く行き渡った。
著者は生理学的なミクロのメカニズムに関しては触れず、マクロの視点から語る。
臨床心理学は主に生物、社会、心理の3つの観点から精神疾患について分析するが、近年は「社会」が優勢のようにみえる。
著者は、この時代の不自由さや生きづらさは、社会というマクロのメカニズムによるものだと考えているようみえる。
以下持論を書きたい。
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基本的に、世界は資本で動いているという前提のもとで仮説を複数立てることは大事である。
この「医療化」もビジネスの一貫とみなすべきだ。
要するに、製薬会社やそれに関係する団体や組織に利益をもたらす。
極論を立てることも大事である。
例えば、資本家が薬に莫大な利益を見出したならば、発達障害は薬で治せるというキャンペーンを実施すれば自ずとお金が入ってくるシステムを彼らは必死に構築するだろう。
そういう可能性が必ずしも無いということはない、という批判精神を持つことは大事ではないだろうか。
だからグローバリゼーションを学ぶ意味はあると個人的には考えている。
精神科医が参照するDSM-5は勿論、アメリカのものであるのだから。
つづく