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読書日記375

チャード・ローティ『プラグマティズムの帰結』ちくま学芸文庫 (2014年) と、

斎藤環『文脈病:ラカンベイトソンマトゥラーナ青土社 (2001年) を読む。

 

 

昨日、東京ディズニーシーへ行った。

約10年ぶりであった。

大学卒業以降は、「ディズニーランド=虚構」という図式によって萎えさせられていた。また、20代後半の頃は虚構と世界に関する書物に触れてしまい、昔の自分がバカにされた気分になり、尚更引け目を感じていた。

ところが、である。

虚構を持って虚構を制する、昨日それに近い体験を実感できた。

 

 

 

後者の斎藤氏の本はまだまだ読み足りていないが、「漫画=フィクション」の「無時間性」について触れられていた。

文学は文章を読むことによって、場面のイメージは読者に委ねられる。ところが漫画は場面の描写が用意されているのでイメージを成立させない。

「今、ここ」

この昨日が漫画には備わっているというような、そんな分析をしている本であった。

 

 

プラグマティズムは、哲学を実践に生かさなければ意味がないという前提のもとで、過去膨大な論争が起こった。

その考察ひとつひとつを素人が理解できるとは思えないが、「禅」のように思想そのものが生活に直結できる力を秘めているとも言える。

これは完全に興味本意で読んでいる。

 

 

とにもかくにも、昨日の体験から、私は今まで悲観的に捉えていた「虚構」の力に注目している。

 

 

つづく