今日は「フリーター」「ニート」の話から始まった。
2000年代の日本において、フリーターにまつわる言説を仲正氏が説明する。
例えば、現在でも「就労支援」を軸に「フリーター」「ニート」「ひきこもり」と呼称される人間を対象にして、彼らを労働市場へ取り込もうとする動きはある。
これを、「労働価値説」と結び付いている節がある、と仲正氏は指摘する。
要するに、「労働」というものが「神聖化」されているという見方である。
それに対し一方では、「ニートがいても良いじゃないか」と、無理に労働市場へ取り込もうとする人への批判も存在する。
世界では労働者の「使用価値」と「交換価値」等をめぐり、マルクス主義に関連する議論が繰り返され、アルチュセール、ゾーン=レーテル、ランシエール、ネグリらが活躍する。
議論の中心は労働「そのもの」の価値付けや、「交換価値」をめぐる「関係性」についての考察であった。
インターネット出現以後も、結局のところ、労働観をめぐっては近代の「労働に勤しむ=豊かになっていく」という図式の崩壊を補える思想体系(=オルタナティブ)は築けていないとされる。
個人的には、それが「ニヒリズム」が蔓延する原因のひとつであるという見方だ。
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その次に池田晶子氏が痛烈に批判した「ニューアカデミズム」というものについて仲正氏は語る。
個人的には、仲正氏も自身で「僕は、職につく前はニートだったかもしれない」と述べていたところがある意味奥が深い。
つづく