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東大刺傷事件を考える

考動画:AbemaTV


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一番大事な論点は、やはりカンニング竹山氏と同じく、

「何故悩みや苦悩が刺傷に繋がるのか」

であると思われる。

 

 

僕は以下の仮説を提示したい。

・競争による人間嫌悪

競争にさらされると人は敵になる。自分を苦しめているのはまわりにいる人間たちだ、という思考になる。しかし、もちろんそれだけでは説明しきれない。

・闘争か逃走反応

心理学的に、こういう場合は闘うか、逃げるかの選択に迫られる。

気持ちは前者にいってしまったのだろう。そしてやはり人が敵とみなされてしまう可能性がある。そして闘い方を間違えたのかもしれない。

・自己破壊衝動

境界性パーソナリティ障がいというものがある。

人は追い詰められると、ブレーキを踏める人がいればアクセルを踏んでしまう人もいる。もしかすれば、加害者はなんらかの障がいをもっている可能性もある。

精神医学的に、人格形成の過程をしっかりみることは原因究明のカギになると考えられる。

 

それでも何ら問題がなければ、いったいどう説明できるのだろう。

肝心な点は、やはりブレーキを踏める人とそうでない人がいて、踏める人が大半であるという現実ではないだろうか。

 

客観的にみれば、やはり人間関係でなんらかの問題があった考えるのが妥当ではないだろうか。

動画でも言及されているように、コロナ禍がコミュニケーションを阻害、排除したことは事実だ。

何気ないやりとりが精神に安定をもたらす。

「なんでもないことが幸せ」「当たり前の日常が幸せ」という言葉がここで効いてくるのではないだろうか。

精神科医和田秀樹氏はだいぶ前からそのことを発信している。

 

 

これは本人だけの責任ではないと僕は考える。

つづく