僕は「物事の本質」という言葉をこのブログで頻繁に使ってしまった。
「本質主義」という鋳型があるらしい。
その対極にあるのが「文脈主義」であるとのこと。
参考文献:Robert Stecker 『分析美学入門』勁草書房 2013年
本質主義は「静的」であって、文脈主義は「動的」であるとのこと。
つまり、本質は真理、プラトンの「イデア」のようなもので一元的。かつ不変的。
文脈主義は文脈ごとに意味が変わる、「可変的」な考え方だろう。
本質とは深掘りし、深掘りし、複数の層に切り込んでいく末にみえてくるもの。
パイの実も、数十層のパイでコーティングされているみたいだ。
最近は体重を気にして食べられないのが残念だ。
つまり、本質は内部にある「チョコ」みたいなものだろう。
では文脈主義はどうだろう。
音楽は「脈」に近い。というのも、音符が列なって構成される。
音符を一列に印刷すれば巻物が必要になるだろう。
人間の脈がいくつもの方向に分かれていくのと同じように、「解釈」も人それぞれ左に行ったり、右に行ったり、上に行ったりするのだろう。
そのようなお菓子はあっただろうか。
なかなかみつからない。グミ?
つづく